プロ野球選手を夢見た少年が患者さまに寄り添う鍼灸・スポーツ整体院を開業するまでの27年間の軌跡 Blossomはりきゅう治療院 後藤氏

さいたま市に2023年にオープンしたBlossomはりきゅう・鍼灸院 スポーツ整体のホームページには、開院から僅か半年にも関わらずGoogle星4.9。
丁寧なカウンセリングと痛みの原因を特定し、アプローチする高い施術力に驚いた患者さまのコメントがずらりと並びます。

「最近、やっと自分でも納得のいく施術ができるようになったと思うんです。でも、まだまだ技術を磨きたいです。」
そう話すのは、院長の後藤さん。

17歳で出会った整体・鍼灸治療に興味を持ち、本格的に鍼灸を学び始めたのは27歳から、自身の治療院を開業するまでの13年の間には、勤め先の整形外科の突然の閉院など数々の試練があったそう。
プロ野球選手を目指した野球少年が患者さまに寄り添う鍼灸師になるまでの27年間の軌跡を語ります。

◉Google星4.9のヒミツは「痛みを根本から取り去る独自の施術」

Blossomはりきゅう・鍼灸院 スポーツ整体には40代~50代の働き盛りの方はもちろん、妊婦さんやスポーツ好きな方まで、さまざまな身体のトラブルを抱えた患者さまが訪れるといいます。

痛みを根本から取り去る独特の施術は、院長である後藤さんの長年の経験と医療に関する幅広い知識に基づいて生まれた独自のもの。
身体本来が持つ自然治癒力を引き出す鍼灸と骨格・筋肉にアプローチするスポーツ整体。
さらに東洋医学の知見が加わり、患者さまお一人おひとりにピッタリの施術はまさにオーダーメイド施術ともいえます。

◉ストレスの多い40代~50代の管理職が抱える胃腸トラブルに鍼灸

特に後藤さんが得意とする身体の可動域を広げる施術は、スポーツ疾患でも代表的な椎間板ヘルニア・肩・腰のトラブルなど、野球やサッカー、ゴルフなど運動をする人にとってはなくてはならないそう。
他にも頑固な痛みで何軒も病院や治療院をはしごしていた患者さまも、後藤さんの治療で嘘みたいに痛みが消えたといいます。

中でも後藤さんが一番印象に残っているのが、変形性股関節症の患者さまの施術です。
来院時には着替えもままならいほどの強い痛みで表情も辛そうだったのが、施術後は見違えるくらいスッキリした表情に変わられていたのだとか。
「来院された時、かなりキツそうだったので引きずらないで笑顔で帰られた時には嬉しいですね。やりがいを感じます。」

また、後藤さんの治療院で多いのが胃腸トラブルから来る腰痛、背部痛。
責任が大きくなる40代~50代の管理職は知らないうちにストレスを抱え込んでしまい、身体の不調が腰痛などに現れますが、実は原因を探っていくと胃腸だったということが良くあるそうです。

「腰痛で来られたんですが、実際に診てみると胃腸にトラブルがあったんです。
反応が出ている筋肉の奥深くを鍼でほぐしたところ痛みが和らいで胃腸が動いたと喜んでもらえました。」

◉27歳で脱サラし鍼灸の道に進んだきっかけは高校生の時の鍼治療

プロ野球選手に憧れて高校時代は野球一筋の生活を送っていたという後藤さん。
部活で痛めた腰の治療で鍼治療を受けたのが、鍼灸との出会いでした。

「鍼の治療を受けて、鍼ってすげぇな!って思ったんです。」
鍼治療の効果を実感したものの、部活中にスポーツトレーナーが定期的にやってくる姿に「カッコいい!!」とも思ったそう。

この時、将来の夢はプロ野球選手だった後藤さんは、その後の人生につながるある決断をします。

「野球は好きだったけど、レギュラーも取れない自分はプロ野球選手にはなれないと思ったんです。」

それでも野球が好きな気持ちを捨てきれなかった後藤さん。
スポーツトレーナーなら野球の近くにいられると思い、トレーナーになるべく理学療法士の資格が取れる大学を受験しました。結果は不合格。
浪人するも焦りの日々。
再び合格を目指し1年間受験勉強をしている中、後藤さんの中に迷いが生じます。

「浪人中、勉強をしていたんですけど全く成績が上がらない。というか、勉強の仕方が分からなかったんです。言い訳ですけど。1年間勉強したんですけども全然だめで・・2年目浪人するかとなった時、ちょっとこれはできないなと思ったんですね。」

高校時代の同級生はみんな大学や専門学校に通っている中、後藤さんに焦りの心が芽生えます。

「高校の仲間がみんな大学へ進学したり、専門学校に行く人もいたりしてそれぞれ何かの道に進んでいる。その時、自分自身は何をしているんだろうって思ったんですよね。」

超が付くほどまっすぐで真面目な性格がゆえ、精神的に追い詰められていた後藤さん。 
焦りの中、自問自答の日々を過ごすうちに大好きだった野球を思い出します。

-大学でもう一度野球をやりたい-そう決心し、野球のできる大学を探し、進路変更し受験。
翌年、東京国際大学に進学を決めました。

◉理学療法士になるはずが就職先はパン屋さん

大学時代は好きだった野球に打ち込める環境ではありましたが、周りよりも1つ年上の後藤さんは同級生から敬語で話しかけられていたそう。
同級生に敬語を使われる経験がなかった分、複雑な心境で大学生活がスタートしました。
「プライドがめちゃくちゃ高かったんだと思います。年下と同学年とか、同じ歳が上の学年とか。今となってしまえばなんでもないのですが、当時は受け入られるまで時間がかかりました(笑)」
「高校時代は部活はしていましたけど、勉強も部活も中途半端だっただと思います。そういった意味では勉強も部活も両方を意識していましたね。だから超マジメな学生の部類だったと思いますよ。教員免許も取得しました。」

大学4年生になり就職活動の時期を迎えます。
「ちょうど就職氷河期の時期でした。ただ、ずっと将来のことについては考えていたので「どうしようかなぁ」と(笑)なんとなく人事の人からも信頼されたんでしょうね。」

幸運にも3社から内定をもらっていた後藤さんは、そのうちの1社の製パン会社に入社。
高校時代、理学療法士を目指していた後藤さんにとっては全くの異業種にも拘らず製パン会社を選んだ決め手は「本場イタリアで技術が学べる。」からだったそうです。

「海外っていう言葉が新鮮だったんですね。もちろん選ばれた人しか行けないんですけど、面白いなと思って。」

そんな思いを胸に入社した後藤さんに厳しい現実が待っていました。
入社後の配属先は会社が運営するお店の製造部門。
特に忙しい直営店だったため、早朝から深夜まで働きづめの生活でした。

後藤さんは当時の様子をこう語ります。

「朝の4時から夜の22時頃まで勤務になる時もあり、同期の中でも一番勤務時間の長い店でした。他のみんなは12時間で帰るのに、「なんで俺だけ?!」と不公平感を感じていました。」

「特に最初3ヶ月ぐらいは正直、就職先を間違えたなぁと(笑)あまり何も考えていなかったんでしょうね。他の就職先は上場企業だったこともあり、なんでそっちを選ばなかったんだろう」って。

「でもね、もうどうしょうもなかった。お金もないし、石の上にも3年。そんな父親の言葉もあり、当時の部長さんの「仕事を好きになる努力」と言う言葉にも触れて気持ち新たに取り組みましたね。」

「おかげでパン技能検定や調理師の資格を取ることができました。パン屋さん巡りをしたので今でもパンは大好きですね。埼玉で美味しい店を見つけると嬉しいですね。」

◉その後の人生を変える転機を迎えた社会人4年目

入社から3年ほど経ち、店舗異動によりようやく長時間勤務から解放された後藤さん。
勤務時間は短くなったとはいえ、製造業務は相変わらず大変だったそう。
後藤さんの異動と同じタイミングで、会社の運営体制に疑問を持ち始めたといいます。

「新しくお店ができるということで、今まで勤務時間が15時間以上だったのが、12時間くらいで帰れるようになって。今まで何だったんだろう?と急に思ってしまったんですよね。」

ひとつのパンができるまでには仕込みや成型、焼きといった工程がある中、後藤さんは入社から3年間の間仕込みを担当していました。
同期が一番の花形部署である成型を任される中、来る日も来る日も仕込みをし続ける毎日。

正直、何度も悔しい思いをしたことがあったといいます。

そんな中、移動先の店舗の業績不振から人員整理が行われました。
店舗に残るメンバーが知らされましたが、その中に後藤さんの名前はありませんでした。

お店に残るメンバーと自分との間に何の差があるのか?
1度はそんな疑問を持ちましたが、残留メンバーの中にある同僚の名前を見て後藤さんの中に葛藤が生まれたといいます。

「僕と同い年の子がいたんですけど、彼は専門学校からいろんな店舗を回ってパンを作っていたんです。彼と比べると僕は明らかにパンの成型が上手くなかった。彼は仕込み専門ではやっていないですけど、トータルで見ると一番重宝されるのは彼なんだって気づいて。彼に負けたんだなって思ったんです。」

この先、今の環境で頑張るか、別の道に進むか。
真剣に悩んだ末、パン屋で5年目を迎える時に自分の進むべき道を求めひとつの答えを出しました。

「会社の環境を変えるために自分が環境を変える立場になる!」なんてことも考えたりしましたが、展望が見えなかった。
「悩んでいる自分が情けない・・・」そんな心情でした。

◉27歳で再び学生に戻る

高校時代に衝撃を受けた鍼灸を学ぼう!そう思った後藤さんは西洋医学をベースに医療が学べる早稲田医療専門学校(現:人間総合科学大学)に入学。
入学後、初めて挑んだ試験の成績は、半分よりの下の成績でした。 

「自分では猛勉強して挑んだ試験だったのに、半分以下の成績だった。頭に全然入っていない。その時に、『みんなはそんなに勉強してるんだ』と衝撃を受けました。」

試験の後は優秀なクラスメイトの勉強の仕方や思考の仕方などを参考に、徹底的に勉強に打ち込んだそうです。

「鍼灸師の国家試験を控えた2年生の時、クラスをまとめる人がいなかったのでクラス委員長もやりましたね。(笑)ガラでもないんですが、とにかく会社を辞めて高い学費を払って学生に戻ったわけですから、なんでもやってみようと。
『国家試験 全員合格』の目標を掲げてましたね。
勉強も、相当し、国家試験も満点を取るつもりで取り組んでいましたが、そんなに甘くない。
ただ、トップの人たちの背中が見えたという今までの人生で初めて感じた感覚がありました。
マラソンで例えるなら、500メートルくらい先ですけど(笑)結構、豆粒ですけどね。
でも普通、マラソン大会に出たら日本のトップの背中なんか見えないですよ(笑)
本当に人生で1番勉強していた学生生活だったと思います。」

国家資格も取得し、鍼灸もみっちり学んだもののまだ勉強が足りないと感じた後藤さん。

卒業後2年間、高校時代にお世話になったリハビリの恩師が働いていた整形外科でアルバイトをしながら、大学病院の研修生として自身の腕を磨き、31歳にしてアルバイト先の整形外科に就職。
「鍼灸師になるなら病院で働きたい。」という夢を叶えたのでした。

◉東日本大震災で何もかも失っても鍼灸師の仕事だけは続けたかった

(当時の勤務先の院長 戸田先生から譲り受けた模型を手に持つ後藤氏)

就職先の整形外科はパン職人時代に比べてかなり働きやすい環境だったそう。

「年間20日ある有給を使い切るという方針だったので、週休2日プラス祝日、月に1日有給を使ってくれと言われていました。」

鍼灸師になるという夢を叶えた後藤さんは、休日を使って母校の高校に行き、自ら野球部の監督さんにお願いして無償で選手たちのケアをされていたそう。

「肉離れとか、肘が痛いとか、選手たちの相談を受けてトレーニング方法なども伝えていました。」

高校生と触れ合うことで、怪我なく野球が上手くなる身体作りのサポートに喜びを感じたそう。

「今、自分が学んで得たことを、当時野球部員だった自分が知っていたなら、もっとプレーが上手くなっただろうなと思いました。上手くなることが楽しいですからね。お手伝いという形でしたが、選手が喜んでくれるのが嬉しかったです。」

◉高校時代に描いていた道を順調に歩き始めた矢先、誰も予想しない悲劇に見舞われます。

「東日本大震災が起こった年、病院にとある問題が起きました。院長先生が動揺して倒れてしまい、一度閉院したんですよ。その後、院長先生が職員を集めて申し訳ないとその場で土下座したんです。」

患者として中学時代からお世話になり、鍼灸の道に進んだのちも上司として温かい言葉を掛けてもらっていた院長の土下座に後藤さんは心を痛めたそうです。

その後は再開したものの、結局のちに整形外科は再度閉院してしまいます。

やりがいを感じていた仕事を失った後藤さんに、さらにショックな出来事が起こります。

「ちょうどその時、結婚を考えていて。両家の顔合わせがあったんですが解雇になってしまったので、婚約者の両親から結婚はなしにしましょうと言われて・・。」

人生これからというタイミングで鍼灸師の職も結婚も白紙に戻ってしまった後藤さん。

「凄く悩みました。3日間ぐらい。そしたら眩暈が出て立ち上がるとフラフラまっすぐ歩けないんですよ。びっくりしました。」
「本当にいろんな人に相談に乗ってもらいました。でも、ここで終わったらもっと情けないなぁ・・・てね。会社辞めて学校行って、貯金全部使って・・・」

それでも必死に就職活動を行い、都内で3店舗を運営する鍼灸整骨院に再就職。
実直な性格と高い施術力を見込まれ、ついには本院の院長に抜擢されるまでに上り詰めます。

◉45歳 満を持して「Blossomはりきゅう治療院・スポーツ整体」を開院

自身の治療院を開きたいとの思いは早い段階からあったという後藤さん。

35歳くらいに独立開業する予定だったはずが、45歳まで開業に踏み切れなかったのには理由があるといいます。

「妻には自分で治療院をやりたいという話は度々していたんですけど、独立開業を反対されたんです。子どもも生まれてもう少し大きくなるまでは、開業も長引くかもなって思いました。そしたら本当に長引いてしまって・・・(笑)」

開業するなら家族の応援が必要だと思った後藤さんは、地道に技術を磨きながら独立のタイミングを計っていたそうです。

◉星4.9を取り続けられるのは師匠と周りの人たちの支えのおかげ

今では痛みの原因を正確に捉え、解消する技術で人気の後藤さんですが、開院直後はそこまで精度が高くなかったそう。
-何か足りないかもしれない-そう思った後藤さんはある人物に連絡を取ります。

「昔、講習でお会いした先生なんですけど、アメリカで機械工学を学んだ後、大手機械メーカーで医療機器の開発をされていた方です。鍼灸の治療器を開発しているうちに鍼灸に興味が湧いて自分の治療院を開いた先生なんですけど、その先生に相談したんです。」

師匠と仰ぐ先生のアドバイスのもと、改良を続けていくうちに自分でも分かるくらいに精度の高い施術ができるようになってきたといいます。

「疾患のポイントがどんどん絞られてきているっていう感覚でした。今までが合格点の70点だったのが90点、100点に近づいてきたという感じですね。」

技術を磨くことに力を入れる一方、最近、仕事を通じて感じることがあるそう。

「パン屋を辞める時、仕事って何のためにするんだろうと悩んだんです。
生地をこね、美味しいパンをお客様に提供することも人に喜んでもらえる仕事だけど、自分はもっと人と直に接することがしたいんじゃないかって。
最近になって少しずつ今の自分の仕事は『人を元気に笑顔にする仕事』と思えるようになってきて、自己満足の勉強ではなく、人を笑顔にするためにできることを学ぼうと思えるようになってきました。」

さらに後藤さんは鍼灸の仕事を続けている理由をこう語ってくれました。

「自分の根幹にあるのが、中学時代にリハビリ室でお世話になった2人の先生の存在です。おひとりは、私が専門学校に入学することを報告しに行った時、白血病で入院されていて、在学中の2年生の時に亡くなったんです。元々中学校の教員から鍼灸師になった方で、とても良い意味で豪快でした。
お2人目もリハビリ室でお世話になった方で、病院に就職し一緒に働くことができた方でした。ただ、院が一時閉院した時に退職されて独立したんですよね。その後、学校を卒業して何度かお話を伺いに行き、お世話になっていたんですが、病気で亡くなられました。院を引き継ぐとかそういったありがたいお話も頂きましたが、結局、お断りしました。引き継ぐ自信がなかったんでしょうね、弱いんですよ自分。」

でも、お二人に支えられたことは間違い無くあって、そんなこともあって鍼灸を続けられているというのもあり、いつも心の中にお2人に喜んでもらえる報告をしたいという思いが、今の仕事を続けていく力になっているのだと思います。それと親・親戚・兄弟・友人にも心配かけてますからね(笑)」

野球、トレーナー、パン屋さん、整形外科、そして開業。
異色の経歴を持つ後藤さん。
そんな後藤さんに最後に質問をしてみます。

「今、開業されてどうですか?』

「まだまだ大変な気持ちはありますよ。
患者さんの予約が入っていないときにチラシも配りますし、広報活動や事務作業も自分で行います。
全て自分で決断しないと進めないんです。
でも、それが面白い!!
施術をしながら患者さんと楽しくお話しできること、同じテナントの方や地域の皆さま、異業種の方との交流。
開業した仲間達とも勉強会を行ったり。
新しいことを知り、どんどん知識が増えていく。
野球に夢中になっていた子供の頃のような気持ちです。
どんどんアイデアが湧くんです。
あれもやってみたい!これやってみたらどうだろう?と。
お子さま向けの体幹トレーニング体験会を開催し、お喜びの声をいただいたこともすごく嬉しく感じました。
直に人と接して、『人を元気に笑顔にする』という夢が叶いました。
元気になった患者さまの笑顔を見ると、僕自身とても幸せを感じます。
そして空いた時間に家のことができたり、大切な我が子の成長を見ることができる。
誰よりも応援してもらいたかった妻とも、有意義な時間を過ごすことができ、家族の絆も一層深まりました。
紆余曲折してきた人生でしたが、全てのことが今に繋がっていると感じます。
無駄じゃなかったんだなって。」

自他ともに職人気質の性格が故、現状に満足せず学びを止めない後藤さん。
これからも自身の描く理想の施術を求める毎日は続きそうです。

以上ここまでお読みいただいてありがとうございます。
こちらは取材形式で書いていただいた文章で、私自身でも気がつかない自分の特性に気がつかされました。
人生はイメージした通りのことが良いことも悪いことも起こるような気がします。
それならば良いこと、やってみたいことをイメージして生きている方がいいですよね。
これからも夢を膨らませていきたいと思います。
感謝!

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